転職をしてからの1年半を振り返る

約6年勤めていたレコード会社の辞めて、早1年半。

当時35歳の時に掲げたテーマは「38歳で起業をし、それまでの約3年で色んな事を学び実験していく」という事でした。

そして昨日37歳を迎えたところを中継地点として、前職退職後からの約1年半を振り返った忘備録として、また現在の自分の活動をお知らせできればと思います。

 

キッカケは閉塞感

そもそも次のキャリアを考える大きなキッカケは、音楽業界の閉塞感でした。

CDが必要とされなくなった中でCDを売っている矛盾を抱えながら、なんとかファン向けにあの手この手で売り続けている状況。

またCDに変わる新サービスとしてサブスクリプションが登場し、音楽が安く買い叩かれているけれど、実際には「有料で聞く」という事にすら興味がない。

そんな状況で、果たして3年後にその状況が好転する事はあるのか?と感じていました。

 

その概況はありながらも、所属しているアーティストが好きで、モチベーション高く仕事をしていられたし、会社は業界全体から見たら割と調子の良い会社ではあったけれど、先々そこで自分のポジジョンが確立していられるのか、また、自分の中で閉塞感を感じてしまっている所にしがみついている内に、気づいたら取り返しのつかない状況になっているのではないか?という不安を感じていました。

 

そして、このままモヤモヤする3年を過ごすより、その3年を使って自分の新しい生き方、生活の糧を稼ぐ手段を作る・探す3年にした方が良いのではないか?という事で、転職を決断。

 

転職を考え始めた当初は、漠然と「IT企業」などと考えて、色々な会社の話を聞きに行ったものの、成熟している企業の方から見ると自分は特異に映るらしく、結局何ができて、何を会社に活かせるの?という具合で全く噛み合わず、自分の安直さが恥ずかしかったのと、特異な業種にいたことを改めて実感。

 

そんな中でYouTuberという、新しく、そして良く分からない存在を扱うBREAKERという今の会社の目に留めてもらいました。

音楽の仕事を10年やってきた事には少なからず誇りはあったし、それを認めてもらえた事が単純に嬉しかったし、ここならば自分のキャリアを活かしつつ、新しい実験をやっていけそうだ。という事で転職に至りました。

 

芸能界隈とYouTuberとのギャップ

最初の1年は、これまでアーティストに会社側が考えた事をやってもらう事が大まかな形であったのに対して、自分達の力だけで人気を獲得してきたYouTuberは、セルフプロデュースする事が前提、彼らが考えた事に対して裏方にそれを反映してもらう。というベクトルが180°異なる状況に慣れず、また会社自体も「何をしているのか?」を明確に説明も出来なかった状態で、仕事の方はとにかく試行錯誤と擦り合わせの連続でしばらく鬱屈とした状態に。

 

起業を考え模索する

また自分の力で生きていく(稼げる様になる)、自分のやりたい事を責任もってやれる様にするたための最上級は起業である。と考えてそれを一つのテーマに掲げていたので、仕事と併行して起業に向けた計画を開始。

まずは起業に向けて実際に活動をしている人達を知りたい。という事で起業専門のビジネススクールに通って様々な人と出会い、情報交換しながら起業について知識を蓄えました。

そして自分のアイディアを事業計画書におこしながら、東京都主催の起業プログラム「TOKYO STARTUP GATEWAY」に応募したり、起業を目指す上では家賃はただのリスクだと感じて実家に引っ込んだりと、自分が考えたアイディア精査と起業のための準備を進めました。

 

TSGでは、10-30代までの、医療・子育て・工業・食料問題・IoT・ブロックチェーン等々、様々なアイディアを持ち、その課題解決を目指して取り組んでいる200人ほどの人達が集まっていて、僕は、200人もの何か新しい事を考えて実現化すべく本気で試行錯誤している人達と出会えた事に勇気と刺激をもらいました。

そして、そこに関わる人達からサポート受けながら、持っていたアイディアを実現化すべく、たくさんの人に自分のアイディアに関してヒアリング。(その際にご協力頂いた皆様、改めてありがとうございます。)

ダメ出しやご意見を頂いて、ようやくこの形ならばサービス提供できるのではないか。という所までこぎ着け、では具体化に向けて人に協力を仰いで実行に移そう。となった所で手が全く動かない。

 

なぜなら、小手先で考えたアイディアで、自分自身がそれを本気で実現化したいと思っていないと心の中で気づいていたが、「起業しないと先に進めない」と、気づけば「やりたい!」と思っていた事が義務感、強迫観念に変わり、それでも無理に進めていたためです。

さらにヒアリングを繰り返す間に、ツギハギをしていった事でアイディアの精度は上がったが、実現するには身の丈を遥かに超えたものになっていた事も心理的ブレーキをかけていました。

起業という言葉に踊らされている気づいた時点で、無理に新しいアイディアを出す気力はなく、起業は断念する事に。

 

BREAKERの新しい可能性

一時より鬱屈とした日々を過ごしてましたが、試行錯誤を繰り返していた現職のBREAKERが新たな局面を迎え、この形ならば自信を持って戦える。という形が見えてきました。

 

それは日本に住んで日本を紹介しているYouTuberに「Japan Navigator」という肩書きを掲げ、さらに彼らの母国での芸能活動を作り出す事です。

YouTuberを抱えるMCNというビジネスモデルもこの1年で急速に形が変化し、変革を求められたBREAKERの見つけた強みは「独自コンテンツを作り出す」「インバウンド」です。

今は、日本在住の最高峰のインバウンド系インフルエンサーを抱えるマネージメント会社となったBREAKERで、彼らを企業に紹介し、また彼らの動画以外での活動でマネタイズを図るポジションに就いて、企画を立て、実験を繰り返しながら事業を進めています。

 

例えばこんな動画を企画してます。

 

37-38歳の1年をどうしたいのか

この1年半の試行錯誤で、本当に様々なジャンルの人達と出会い、色んな方々から様々な知恵と刺激も貰いましたし、これまでお世話になってきた方々のご支援もあって、自分の新たな能力・スキルを構築している感は出てきました。

つくづく、全ては人のご縁であると感じた期間でもありました。

もちろん起業という選択肢は完全に捨てておらず、一つの仕事に捉われないパラレル・キャリアを作り出すべく、現時点は今の仕事の可能性を広げながら、目線は広くもって色んな可能性の刷新を続けたいと思ってます。

 

特に、とても貴重な経験を積ませて頂いた前職や音楽の仕事にも何か貢献できればと思いますし、エンタメ系の仕事になってBREAKERで3社目ですが、いずれの会社でも台湾にご縁を頂く事があり「もはやこれは台湾に呼ばれているのでは?」と勘違いをする程なので、半年くらい前からコツコツと中国語の勉強を始めています。

まだろくに喋れもしないし、アイディアは何もないけれど、これまで色んな見識を与えてくれて、良くして頂いた台湾に何かお返しができる様な事が自分のキャリアと結びつけられたらと考えています。

 

またTSGでお世話になったETICの石野さん始め、アイディアのヒアリングに付き合ってくださった方や同期の面々には、「結局やんねーのかよ!」という事で大変申し訳なく思いますが、今自信をもって言えるのは、今、俺は起業するより、面白い事をやってます。

2年前に立てたベンチマークの38歳まであと1年。

おそらくその時点で起業はしていないと思うけど、38歳を迎えた時にどんな心境になるのか、どんな経験を積んだ姿になっているのか楽しみです。

 

最後まで読んだ下さった皆様、長文にお付き合いありがとうございました。